CoRichブログランキング さひがし ジュンペイの戯言だったり独り言だったり

さひがし ジュンペイの戯言だったり独り言だったり

「さひがし ジュンペイ」に改名しました。
深い意味はありません。個人的にスッキリさせました。
以前は「佐東諒一」と呼んでいただいていました。

日々失われていく記憶力を補う為、
支離滅裂な文章をリハビリがてら、ダラダラと書いてます。
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小松爺さんの昭和16年―昭和20年終戦までの過ごし方。

帰省した際に、父親が古いアルバムを出して来た。
それは俺が小学生の時、一度だけこっそり、祖父のタンスの中で見つけた戦時中のアルバムだった。あの当時はそれがギスケ爺さんが体験した戦時中のアルバムだったと思っていた。

写真には大佐だの少佐だの勲章をつけた偉い方のような写真、戦車の写真、女性がピストルを構えている写真、フンドシ姿で泳いでいる若者の姿など、沢山の写真があった。
ドキドキしながら写真を見たのを覚えている。
ギスケ爺さんは満州に行っていたとも確かその時は聞いていた。

そして30年ぶりにそのアルバムを目にしたわけだが、驚いた事に、このアルバムは、
ギスケ爺さんのアルバムではなく、父親の実の父(ギスケ爺さん祖母の再婚相手だった。)

ようするに俺と血の繋がっている、小松爺さんのアルバムだという事を知った。
このアルバムの中に2枚だけ、小松爺さん(と呼ぶには若くして亡くなってるわけだが)の写真があった。
松爺さん。この人なんだと思うと、どうにか自分と似ている所を探してしまう。

アルバムの中に小松爺さんの弟さんの写真もあった。
この方は俺が20歳の頃に亡くなったのだが、この時は「勿来のおじさん」と呼んでいて、親しくさせて頂いたが小松爺さんの弟さんとは知らされてなかった。
何せ、ギスケ爺さんが父親と血のつながらない関係だと知ったのは俺が24、5歳の頃、ギスケ爺さんの葬式の日だったからね。

で、改めてアルバムを検証。
アルバムの見出しに歩兵第七十四聯隊と書いてある。
小松爺さんが配属された部隊の名称。
写真の中には見出しが「朝鮮女」と書かれた女性の写真もある。
戦争に行った先は、満州とあの当時聞かされていたが、違うのかもと思い

■「歩兵第74連隊」
をネットに打ち込んでみる。

1943年(昭和18年)5月 - 第19師団から第30師団に所属変更
1944年(昭和19年) - フィリピンミンダナオ島へ移動
1
945年(昭和20年)8月 - 終戦」

■次に第19師団を調べてみる。

1941年(昭和16年)7月、動員下令となるが直ぐには戦地へ行かず、
羅南にて訓練を行っていた。なお、1943年(昭和18年)5月、師団隷下の歩兵第74連隊が新設の第30師団隷下に移る。
1944年(昭和19年)12月から師団は第14方面軍隷下に移りフィリピンルソン島に渡りアメリカ軍と交戦する。山岳地帯で持久戦を行っている最中終戦を迎える。

■次に第30師団を調べる。

1943年5月に新設された。1944年8月、南方に転用され第35軍に編入。フィリピンミンダナオ島守備を担当した。レイテ島の戦いに投入され大きな損害を受け、さらにミンダナオ島の戦いでの過酷な持久作戦を遂行し終戦を迎えた。

■次に第35軍を調べる。

1944年(昭和19年)8月4日に編成され第14方面軍隷下におかれた。フィリピンミンダナオ島およびビサヤ諸島防衛を任務とし、当初は長期持久を作戦の目的としていた。1944年(昭和19年)10月20日のアメリカ軍レイテ島上陸と、それをうけての大本営によるレイテ決戦の決定にともないレイテ島の戦いを担任することとなった。制空権制海権を失い補給が途絶する中でその大部を失い、同年12月18日に大本営はレイテ島を放棄した。12月22日には第14方面軍より自戦自活を命ぜられた。これにより第35軍は、レイテ島、ミンダナオ島、ビサヤ諸島などの各地で長期持久作戦に移行し、アメリカ軍への抵抗を続けた。それはまた物資の欠乏による飢餓との戦いをも意味した。

上の資料から推測すると。

昭和15年10月、私の父親の誕生日。
その翌年の16年。小松爺さんに赤紙が来たのか?
小松爺さんは1歳にもならない私の父親と祖母を残し軍人として、日本海を渡り、「羅南」今の北朝鮮に向かったらしい。

「羅南区域
(ラナムくいき)は、朝鮮民主主義人民共和国咸鏡北道清津市に属する区域。日本統治時代には第19師団が置かれ、軍都として知られた。軍事・行政の中心地であったため日本人居留者も多かった」

アルバムの写真はたぶん、この「羅南」で訓練を受けていた2年間弱の様子だと思われる。
地図で調べると海沿いの町。アルバムにも泳いでいる写真があるし「朝鮮女」と見出しが書かれた、写真があるのもうなずける。
数枚、笑顔で写っている方もいて、緊迫感が感じない写真もある。

和服姿の女性の写真もあるし、余興だろうか?ぬいぐるみ的なものを着て仮装している写真もある。この2年の生活は、小松爺さんにとってはまだ平和だったと思われる。

しかし
師団が南方はフィリピンに移動。

昭和19年から昭和20年の終戦まで、もっとも過酷な激戦地区で戦っていた。
レイテ島の戦い・ミンダナオの戦い。
小松爺さんが所属していた
「歩兵第74連隊」はミンダナオに配置され、レイテ島の戦い、ミンダナオの戦いに参戦したらしい。

ミンダナオの戦い1945年3月10日―8月15日終戦
小松爺さんの最後の戦い。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%8A%E3%82%AA%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

日本軍
戦死・戦病死25,000超
戦傷7,000
アメリカ軍・ゲリラ
戦死820
戦傷2,880

この数字を見ただけでも、どれだけ過酷だったか・・・。

「ミンダナオ島中央部から北岸にかけては、日本側は第30師団が担当していた。第30師団は、迎撃部隊として歩兵第74連隊の2個大隊と工兵第30連隊などを南下させ、そのうち歩兵第74連隊第1大隊は、4月27日夜にカバカン付近でアメリカ軍第124歩兵連隊及び砲兵1個大隊と激しい遭遇戦を行った。日本軍が橋などを徹底的に破壊したため、アメリカ軍は重火器を迅速に前進させることができず、各地で歩兵同士の近接戦闘が発生した。特にマラマグ周辺では、5月7日に日本軍歩兵第74連隊第3大隊が森林を生かした待ち伏せ攻撃をかけて、112名を失いながらも、アメリカ軍にも戦死60名、負傷120名の損害を与えた[13]。その後も5月15日まで攻防が続き、アメリカ軍第124歩兵連隊だけで69人が戦死し、177人が負傷する損害を受けた」

南北からの挟撃を受けた日本軍第30師団主力は、6月2日に東部のアグサン方面への転進を決断し、持久戦を図った。8月1日にアグサン川流域のワロエに到達したが、移動途中で多数の餓死者・病死者を生じた。しかも、ワロエ付近には、6月24日にアグサン川河口に上陸南下していた第155歩兵連隊の1個大隊が居り、ここでも日本軍は攻撃を受けることとなった。

第30師団はワロエからさらに南東に進んだジョンソンで終戦を迎えた。
第30師団全体での損害は終戦までに
戦死2500人、病死2100人、不明5600人に達した。生存者は約3000人であった。

この3000人の中に小松爺さんが含まれているのだが、
昭和20年。爺さんは引き上げ船の中、もしくは当時、引き上げ港に指定されていた舞鶴で、酒を呑んで亡くなったとの事。


一度だけ家族で小松爺さんのお墓を探しに行った事がある。
父親の記憶をたどりやっと見つけた墓は、山際の日も差さないような場所にあった。
長い棒が一本、土に刺さったというか、倒れかけていた、質素な墓だった。
家族で倒れないように周りを土で埋めて真っすぐにした。

棒(墓)の横に消えかけた文字を見つけた。
「5歳 繁」と書かれていた。父親の名前だった。
たぶん当時「喪主」になっていたんだと思う。

先日、番組でフィリピンで戦争体験した方々のインタビュ―を見たばかりだった。
この方達のように、俺の爺さんも、戦っていた・・・。

今度、盆に帰る時には、小松爺さんの墓に行きたい。

右が小松爺ちゃん。

komatu





















| 雑記3 | 02:14 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
みのるカフェ。告知。
「Felice vol.2  冬の音楽会〜美しく明るく〜」 ♪Felice 歌い手・美明 よりこ ヴァイオリン・辻 祥子 ピアノ・松田 真理子 ■芝居 「紙風船」  作・岸田 國士 演出・吉村 雄之輔 出演・わかばやしめぐみ 佐東 諒一 【日時】20011年12月24日(土) ★第1部 開場/11時30分 Felice・開演/12時 〜休憩〜 芝居「紙風船」・開演/13時15分〜13時45分 ※15時までお店でおくつろぎいただけます。ご自由にお食事やお飲物などをお楽しみ下さい。 ★第2部 開場/18時30分 Felice・開演/19時30分 〜休憩〜 芝居「紙風船」・開演/20時45分〜21時15分 【会場】 アンティークスタジオみのる http://antique-studio-minoru.com/top 【料金】 2500円 (自由席)
| 芝居の話3 | 01:13 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
12月24日に音楽会&芝居 
経堂にある「アンティ―クスタジオみのる」でイベントを行います。

妻の「美明よりこ」が唱歌、叙情歌を歌います。

大正、昭和初期にかけての素晴らしい音楽が、

ヴァイオリン、ピアノの音色とともに、美明の癒しの声を通して蘇ります。


是非、お越しください。

個人的にも妻の音楽会は凄く楽しみにしていたイベントでして、♪

本当はこのまま裏方に徹して応援するはずだったのですが・・・・・・。


音楽会の後に、芝居をする事になりました。


吉村流の舞の雄之輔先生に演出をつけてもらります。

イエ・ドロ落語ではおなじみの、ゆうさんですが、今回はストレ―トプレイ、新劇なので行なわれる作品。

(最近、映画化にもなってましたが。)

ゆうさんは、舞だけではなく、歌舞伎、能は勿論、小劇場、映画にも精通してらして、

演出をつけて頂けるのを楽しみにしておるところです。

相手役は長年、イエ・ドロを支えてくれています、わかばやしめぐみ。

この間のおぼんろ公演の後、空間ア―トひかりの参加の忙しい合間をぬって参加してくれます。


妻の音楽会に華が添えられるよう、心して演じさせて頂きます。



「Felice vol.2  冬の音楽会〜美しく明るく〜」


♪Felice
歌い手・美明 よりこ
ヴァイオリン・辻 祥子
ピアノ・松田 真理子

■芝居 「紙風船」 
作・岸田 國士 演出・吉村 雄之輔
出演・わかばやしめぐみ 佐東 諒一

 
【日時】20011年12月24日(土)


★第1部
開場/
11時30分

Felice・開演/12時
〜休憩〜
芝居「紙風船」開演/13時15分〜13時45分
※15時までお店でおくつろぎいただけます。ご自由にお食事やお飲物などをお楽しみ下さい。


★第2部
開場/18時30分
Felice・開演/19時30分
〜休憩〜
芝居「紙風船」開演/20時45分〜21時15分

【会場】
アンティークスタジオみのる
http://antique-studio-minoru.com/top

【料金】 2500円 (自由席)

| 芝居の話3 | 10:31 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
記憶に残っている芝居
■ガジラ「僕の学校は戦場だった。」新宿THEATER TOPS 1989・11
■カクスコ「年中無休!」1992年新宿THEATE TOPS
■カクスコ「廊下は静かに!」1993年 新宿THEATER TOPS
■TPT「チェンジリング」演出デヴィッド・ルヴォー/ベニサン・ピット 1995/3/10→4/
■TPT「三人姉妹」演出デヴィッド・ルヴォー/ベニサン・ピット1995/6/14→7/30
■TPT「テレ―ズ・ラカン再演」演出デヴィッド・ルヴォー/ベニサンピット1998/1/29→3/8 ベニサン・ピット
■サンシャインボ―イズ「彦馬が行く」新宿THEATER TOPS1990
■サンシャインボーイズ「罠」新宿THEATER TOPS1994
■tsumazuki no ishi「VOICE」 作・演出:寺十吾 @新井薬師ウェストエンドスタジオ1994
■ はえぎわ第5回公演「愛染スキャット〜己の素敵には限度がある〜」明大前キッドアイラックホール2000年・12
■つかこうへい事務所「飛龍伝」
■夢の遊眠社「半神再演」シアタ―アップル1990・4
■夢の遊眠社「贋作・桜の森の満開の下」日本青年館1989・2
■野田地図「THE BEE/日本バ―ジョン」シアタ―トラム2007・4
■野田地図「キル再演」シアタ―コク―ン1997・7
■大人計画「キレイ」シアタ―コク―ン2000
■大人計画「ふくすけ」1998・12世田谷パブリックシアタ―
■ニナガワカンパニー「1992待つ」「1993待つ」
■鈴木忠志「カチカチ山」利賀村
■KUDANProject「真夜中の弥次さん喜多さん」シアタ―グリ―ン2004/1
■新宿梁山泊「映像都市チネチッタ」1990
■円「イエスタデイ」ステ―ジ円1989・6
■ショ―マ「新版ある日僕らは夢の中で出会う。」新宿THEATER TOPS1989・10
■ミュ―ズ「次郎長」高円寺明石スタジオ1989・3
■第三舞台「朝日のような夕日をつれて'91」紀伊国屋ホ―ル1991
■遊園地再生事業団「おはようと、その他の伝言」 作・演出/宮沢章夫(世田谷パブリックシアター)1999・5
| 芝居の話3 | 00:45 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
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